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2021年7月17日 歴史講座「にっしんの棒の手と馬の頭」

岩崎発祥?戦国時代からの民俗芸能と祭礼行事を学ぶ

<市民スタッフ 三鬼一朗>
日進で昔から行われてきた農民武芸の民俗芸能「棒の手」と、飾り立てた馬を社寺に奉納する祭礼行事「馬の頭(おまんと)」の歴史を学ぶ講座が17日、岩崎城歴史記念館で開催されました。起源は戦国時代にさかのぼるとされ、昭和30年ごろまで市内各地で行われていた伝統行事ですが、現在伝承されているのは浅田町と米野木町のみとなっているそうです。
岩崎城歴史記念館の第2回歴史講座。講師は学芸員の村田信彦さん

岩崎城歴史記念館の第2回歴史講座。講師は学芸員の村田信彦さん

歴史講座は岩崎城歴史記念館が年間5回開催している人気のシリーズ講座で、本年度第2回となる今回は、8月に行われる「夏の特別展 にっしんの神社仏閣」の関連講座として企画されました。講師は記念館館長の学芸員、村田信彦さんです。
愛知県内で広く伝承されてきた農民武芸「棒の手」の起源について、村田さんは戦国時代の1554年、時の岩崎城主(丹羽氏次)が村民に棒術を学ばせ、乱世の自衛手段として習得させたという「岩崎発祥」説も紹介しながら、この民俗芸能が各地に伝承されていったことについて、織田家や松平家などによる戦が多かった地域であるため農民がしばしば徴兵され、武芸である棒の手を行う者が多かったのだろうと考察しました。実際、岩崎城の戦い(1584年)では町人が城に入って戦っていますが、これも「棒の手」が広まっていたためとも考えられるそうです。
岩崎城歴史記念館に展示されている「棒の手」の数々

岩崎城歴史記念館に展示されている「棒の手」の数々

日進町誌に掲載されている「棒の手」の奉納風景

日進町誌に掲載されている「棒の手」の奉納風景

講座の後半は、棒の手とともに行われた伝統行事、「馬の頭」と呼ばれる献馬儀礼の紹介です。馬は神の乗り物とされ、村々では豊作祈願や収穫感謝の祭礼、雨乞いや病気平癒などの祈願の際に豪華に飾り立てた馬を社寺に奉納しました。多くの村がそれぞれに馬を出して行う一大祭礼だったそうです。
村田さんは、これら村ごとの馬を警護する集団が「棒の手」で、型に基づき打ち合いを演じる若者たちが馬に従い、このことから「馬の頭に棒の手はつきもの」と言われるようになったと説明します。
日進の村々では地区の氏神に秋の祭礼で献馬の行事を行う一方、猿投神社に集まり馬を奉納していましたが、現在では米野木町の神明社と、岩崎城の春祭りに出されるだけになりました。市内各地にそれぞれの流派が伝承されてきた「棒の手」も浅田町以外では途絶えているということです。
この日の講座には16人が参加。日進の歴史を勉強しているという中学1年生は「話が面白く、次も楽しみです」と話していました。第3回歴史講座(10月16日と11月27日に開催)のテーマは「小牧・長久手の戦いの城砦(じょうさい)―羽柴軍編―」です。
日進市史に掲載されている米野木町・神明社の「馬の頭」奉納行事

日進市史に掲載されている米野木町・神明社の「馬の頭」奉納行事

講師の話に耳を傾ける参加者

講師の話に耳を傾ける参加者